世界史リブレット人『ガザーリー 古典スンナ派思想の完成者』
山川出版社 青柳かおる著
世界史リブレット人シリーズのテーマ、「人を通して時代を読む」のとおり、今回もガザーリーの事跡を通じて中世イスラームにおける政治状況、思想の展開を見通す内容となっています。
彼以前のイスラーム史の概略を簡潔な説明でおさえたのちに(これがまさに簡潔というべきで、事前の知識がなくてもざっと流れが読み取れるほど)、彼の事跡やそこからの影響を受け発展したイスラーム神学・哲学・法学について紹介していきます。
最後の章は、現在のイスラームをめぐる諸問題の中でもしばしば論じられる、女性の権利とイスラームについてが中心のやや異色といえる内容でしたが、たまたまtwitterで話題になっていたテーマだったので個人的にはタイムリーなテーマでした。
総じて文章は平易で解説も豊富なため、一般向けである本シリーズとして及第点、平均以上の出来と思います。
イスラームに関心がなければガザーリーがテーマの本を手に取ることは考えにくく、関連知識がない人が読むことはあまり無さそうですが、イスラーム関連知識がない読者でも充分読めるのは美点だといえるでしょう。
(といいつつも。イスラーム法学と神学と哲学はそれぞれ複数の派にわかれているし、そもそもスンナ派はともかくシーア派は多数の宗派にわかれているので、そういった意味でのややこしさはどうにもならないですが。)
ガザーリーの業績のなかでも重要な、スーフィズム(イスラーム神秘思想)とイスラーム神学・法学・哲学との折衷・調和について、具体例や歴史的展開などの紹介がされた章は、本書を読んでいて一番興味深い部分でした。
形式的な信仰生活と内心の問題と、それに抗して神へ近づくための行動は他の宗教でもみられるものではあると思いますが(カトリックでも懺悔が一般的になる以前は、教会が個々人の内心に踏みこむことはなかった)、イスラームの場合は他者の内心に踏み込まずという原則があったので、その点で切実さがあったのかなあという気がします。
他者の内心を勝手に忖度せず、安易に不信仰者扱いしないという方針は信仰を理由とした紛争を未然に防ぐという点で効果的ですが、その一方では現世主義に陥らないための歯止めが効きにくいことでもあるのかなと。
神と個人との関係を追求するスーフィズムは、ガザーリーなどの貢献によって理論などの基盤が構築されたうえに、庶民が難しいことを考えずとも実践できる具体的な生活習慣と修行が整理されたので、俗世から離れる隠者のみならず、広く一般に広まることになりました。
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