2015年10月24日土曜日

ちくま新書『「反日」中国の文明史』を読みました。

このところ西欧中世史ものばかりだったので、気分転換にまったく違うジャンルをということでこちらを読みました。

ちくま新書『「反日」中国の文明史』(電子版)

筑摩書房 平野聡著

中国と日本の関係について、中国文明の特質を原点から遡って明らかにしたうえで、転機となった近代日本との接触の経緯をときあかします。

高校世界史で何となく大雑把な流れは覚えている、くらいの読者でも十分読めるうえ、非常に見通しが良い明快な論理で解説されるので、読みやすさという点では申し分ありません。
「中国共産党の「反日」教育によって~が~」のような近視眼的なものではなく、中国の文明構造と、それを揺らがせた西洋文明との衝突、西洋文明を一足先に摂取し、西洋文明の模範生としてあらわれた近代日本と関係をもたざるを得なかったという構図から読み解かれていきます。

特に共感をおぼえたのはこの文章でした。
「日本は「智」の政治で、世界中の多くの国から理解を得られる公正な社会を作ればうまく行くということである。
しかし近年、それを否定して上から「徳」を振りかざし、憲法にしても個別の政策でも国民・社会に守らせようとする議論が高まりを見せていることに強い懸念を覚える。もちろん、道徳心は誰にとっても必要な美徳である。しかし、それは上から強いるものではない。個人・社会一般が互いに信頼して美徳を伸ばしていくのは、透明で安心できる社会があってこそである。それを作るのが、国家・政治の国民に対する責任である。その順序を履き違えた議論は、福沢諭吉の予言通りに日本をかつて極端な政治と敗戦に追いやったし、今あらためてこの日本の政治を、中共の支配に似たものへと陥れる危険がある。」あとがきより引用。

昨今のあれこれのうち、道徳を巡る政策の「順序の履き違え」はしばしば感じていたことで、その道徳の根拠となるものが偽史にもとづくでっち上げであったり、いたずらに自国を賛美し、過去のあやまちを見ない・否定する・矮小化する方向であったりすることに辟易としていたので、我が意を得た思いでありました。

以上のように読みやすく、また興味深い内容であった一方で。
こういった、扱うタイムスパンが長くなる巨視的なテーマで、なおかつ分量が限られる一般向け解説の新書や文庫にありがちなことだと思いますが、挙げられている事例や、その事例に対しての解説が良く言えば簡素、悪く言えば粗くなってしまうことが同書でもみられるように感じました。
この本の基本的な主張が覆されるレベルの齟齬は無かったと思いたいですが……(知識不足で突っ込みのしようもないので)

以下に、違和感を受けた部分について引用してみます。
国際外交について解説するための前段として、主権国家体制が成立するウェストファリア条約に至るまでの経緯の部分。
「神聖ローマ帝国の衰えにより、比較的狭い範囲を囲い込んで収益を上げる封建制が一般化し、帝国とは異なる中規模な王権が発達するなか、宗教改革などを通じてローマ教会に対する自立性も増していったのが西洋の中近世の流れということになる。その結果現れた絶対王政の時代、諸国は紛争において互いに譲らず、百年戦争のような混乱も起こった。」第三章「近代国際関係と中国文明の衝突」より引用
まず一点目、神聖ローマ帝国について。
神聖ローマ帝国の「衰え」によって封建制が一般化したという説明は馴染みがないのですが、こういった解釈はあるのでしょうか。神聖ローマ帝国は成立当初から部族大公の大領地が分立し、王権(帝権)には限界がありました。ですので、「衰えた」から狭い地域を囲い込んだ封建制が成立した訳ではないように思います。

神聖ローマ帝国が「衰えた」というと、近世ハプスブルク統治時代の印象が強いです。
「それゆえ、このことを定めたウェストファリア条約は交換、「神聖ローマ帝国の死亡診断書」といわれた。」 講談社現代新書『神聖ローマ帝国』p.226

もうひとつ、絶対王政と百年戦争について。

「百年戦争」が起こったのは中世末期で、近世期の絶対王政時代とはズレています。ドイツ三十年戦争が例ならば比較的近いですし、その後に解説されるウェストファリア条約にもつながって解説として用いやすいと思います。


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